誰にも見られずに
こんにちは。朝方には5月とは思えない肌寒さにこごえて、あわててコートを
着込んだかと思えば、日中は5月とは思えない暑さに面食らうこともある。
季節の変わり目は人生にも似て、何かと翻弄される。
日本橋に根を下ろす者として何か書く、というミッションを与えられたわけだが、
このあたりのことはネタに事欠かない。まずはずっと気になっていた
あのスポットについて。それは日本橋三越本店に鎮座するライオン像。
日本橋三越本店といえば、その建物自体が国指定の重要文化財となっており、
中に入ると天女像やらパイプオルガンやら、さながら博物館のように
見どころいっぱいなんだよね。
さて、本館正面玄関でお客様をお迎えするのは2頭のライオン像。ロンドンの
トラファルガー広場のネルソン記念塔の下のライオン像を模して鋳造されたもので、
大正3年に設置されたんだとか。そして、このライオン像は、「必勝祈願の像」
として、誰にも見られずに背にまたがると念願が叶うという言い伝えがあるんだって!
ライオン像について説明する銘板に、そんなことが書いてあった。
願いが叶うというなら、気にならないわけがない。でも、誰にも見られずに、
というのはなかなか難しい。日中は人目が多すぎるのでまず無理だろう。
夜中はどうだろう、と思ってコータローは機を伺っていた。夜中まで仕事をして、
郵便局に差し出さねばならないものがあったときに、足を延ばしてみた。
時は草木も眠る丑三つ時。ライオン像周りは夜中でもこうこうと明かりがついている。
さすがに人は少ない。
しかし!警備員が巡回していた。むむむ。去ってゆく警備員を確認して
周りを見渡すと、タクシーが信号待ちをしている。さらには、遠くから
自転車がやってくる。そう、東京の中心地である日本橋は夜になっても
人目がなくなるのを待つのは難しいということが分かりその夜は断念することにした。
しかし、諦めない。日本橋に根を下ろす限り、機会は巡ってくる。
そう信じて夜道を戻ったのだった。いつかきっと願いは叶う。
(書き手:江尻光太郎)